富の理論の数学的原理に関する戯言

数学とその応用分野(主に経済学)を細々とやっているものです。

n社クールノー競争(同質財異質企業のケース)

今回は企業数がn(任意の数)の場合のクールノーモデルについて書きます。

 クールノー競争は企業が自社の供給量を他社の供給量に応じて設定するという仮定を置いた競争モデルです。

一般的なn社クールノーモデルの説明では全ての企業を同質(生産性が同じ)と仮定してモデルを解いていきますが、企業が異質(生産性が異なる)ケースでもそれほど複雑にならずに最適生産量や利潤を求めることができるので、今回はそれを示していきます。

 

 

n社クールノーモデル(企業同質ver)

まず、競争している企業がすべて同質なケースのクールノー競争を解いてみましょう。

市場需要関数は以下のようなものを考えます。

 p = A - \alpha(y_1+y_2+y_3...+y_n)

 pは市場価格、 Aは最高留保価格、 \alphaは市場供給量に対して価格がどの程度反応するかの係数、 y_nは企業 nの供給量です。

市場価格は 1社から n社まで市場に存在する全ての企業の供給量の合計が増えるほど下がるという関係になっています。

以上の需要関数の下で、企業 1の利潤最大化問題を考えます。

企業1の利潤関数は

 \pi_1 = py_1 - cy_1 = y_1(p-c)

となります。ここで、 \pi_1は企業 1の利潤、 cは全ての企業に共通の限界費用です。ここでは企業は全て同質を仮定しているので、財の生産にかかる限界的なコストが全ての企業が同じであると考えます。

以上の利潤関数の pに需要関数を代入し、企業1の供給量 y_1偏微分すると

 \pi_1 = y_1\bigl(A-\alpha(y_1+y_2+y_3...+y_n)-c\bigr)

 \displaystyle \frac{\partial \pi_1}{\partial y_1} = A - 2\alpha y_1 - \alpha(y_2+y_3...+y_n)-c 

この偏導関数が0になる y_1のとき企業 1の利潤は最大になるので

 -2\alpha y_1^* = \alpha(y_2^*+y_3^*...+y_n^*) - A + c

 \displaystyle y_1^* =-\frac{1}{2}(y_2^*+y_3^*...+y_n^*) + \frac{A - c}{2\alpha}

が企業 1の反応関数になります。

企業 1は自社以外全ての企業の供給量の合計が増えると供給量を減らすという関係式になっており、これは2社ケースとほぼ同じですね。

 ここで同質企業の仮定より、全ての企業の最適生産量は同じになるので

 \displaystyle y^* =-\frac{1}{2}(y^*+y^*...+y^*) + \frac{A - c}{2\alpha}

右辺の y^*は企業 1を除く残り全ての企業数分だけあるので、

 \displaystyle y^* =-\frac{(n-1)}{2}y^* + \frac{A - c}{2\alpha}

 \displaystyle \frac{(n+1)}{2}y^* = \frac{A - c}{2\alpha}

 \displaystyle y^* = \frac{A - c}{(n+1)\alpha}

となります。以上が同質企業n社クールノー競争における各企業の最適供給量です。

企業数 nと企業の最適供給量は反比例していることがわかり、競争相手が増えると供給量を減らすという関係が見て取れます。

 

ちなみに市場全体の総供給量 Y^*

 \displaystyle Y^* = ny^* = \frac{n}{n+1}\frac{A-c}{\alpha}

となります。 A c \alphaが一定だと仮定すると、企業数 nの市場供給量 Y^*への影響は \displaystyle \frac{n}{n+1}の項で決まります。この項は nが小さいうちはnの増加に対して大きくなっていきますが、 nが大きくなると n n+1の差が小さくなっていき、次第に1に近づいていきます。

つまり、市場に存在する企業数が増加すると市場全体の供給量は増えていきますが、増加の仕方は次第に弱くなっていくという関係が読み取れます。また、 n→∞の極限で市場供給量は \displaystyle \frac{A-c}{\alpha}に収束します。

 

また市場価格は

 \displaystyle p^* = A - \alpha Y^* = A - \frac{n}{n+1}(A-c) 

 \displaystyle p^* = \frac{1}{n+1}A + \frac{n}{n+1}c

 \displaystyle p^* = c + \frac{1}{n+1}(A-c) 

となります。完全競争では価格p=限界費用cが利潤最大化条件となっていました。一方n社クールノー競争では、価格 p = 限界費用 cマークアップ \displaystyle \frac{1}{n+1}(A-c)となっています。マークアップとは費用に上乗せされる利潤分のことで、完全競争ケースではマークアップ0(利潤0)ということです。この式から分かるように、クールノー競争におけるマークアップは企業数 n反比例するため、企業数が増えるほどマークアップが縮小するという関係が見られます。 n→∞の極限ではマークアップは0に収束します。このようにクールノー競争において企業数を無限大に増やすと価格が限界費用に収束し完全競争のケースと一致することをクールノー極限定理と言います。

(数学的に書くと)

\displaystyle \lim_{n\to\infty} p^* = c 

 

最後に、最大化された企業の利潤は

 \displaystyle \pi^* = y^*(p^*-c) = \frac{A-c}{(n+1)\alpha}\frac{1}{(n+1)}(A-c) = \frac{1}{\alpha}\biggl(\frac{A-c}{n+1}\biggr)^2

となります。利潤は企業数の増加に対して急速に減少(2乗に反比例)していくことがわかります。

 

n社クールノーモデル(企業異質ver)

それでは今回の本題である異質企業n社クールノー競争を考えていきましょう。

異質な企業とは、限界費用 cが企業ごとに異なることを想定することです。

すなわち企業ごとに生産性が異なることを想定しています。生産性が高い企業ほど限界費用が小さくなるだろうということです。

すると反応関数が

 \displaystyle y_1^* =-\frac{1}{2}(y_2^*+y_3^*...+y_n^*) + \frac{A - c_1}{2\alpha}

となります。変わった部分は cが企業1固有の限界費用 c_1になったことです。

この反応関数を企業数 nに対して解くのは非常に大変です。

ひとまず n=3のケースについて解いてみます。

 \displaystyle \frac{A-c_1}{2\alpha} = y_1^* +\frac{1}{2}y_2^*+\frac{1}{2}y_3^*

 \displaystyle \frac{A-c_2}{2\alpha} = y_2^* +\frac{1}{2}y_1^*+\frac{1}{2}y_3^*

 \displaystyle \frac{A-c_3}{2\alpha} = y_3^* +\frac{1}{2}y_1^*+\frac{1}{2}y_2^*

この3本の連立方程式を解けばいいわけですが、愚直に計算するとなかなか大変です。

なので、この連立方程式を行列表記にしてみましょう。

f:id:Taku_Antoine:20190725140151j:plain

行列で表すことで、右辺の y^*のベクトルに左からかかっている係数行列の逆行列を左からかければ解が簡単に求まることが分かります。

f:id:Taku_Antoine:20190725140607j:plain

この係数行列の逆行列は簡単に計算することができます。

([2019/07/27: 追記] 自動計算するアプリをご用意しました。

分数表示が既約分数じゃないの許して…shiny上でMASSのfractionsが機能しないのです…shiny上で綺麗に少数を分数化して表示できる方法をご存知の方がいらっしゃいましたらご教示願います…

f:id:Taku_Antoine:20190725140935j:plain

  y_1^*の値を書いてみます。

 \displaystyle y_1^* = \frac{3A-3c_1}{4 \alpha} - \frac{A-c_2}{4 \alpha} - \frac{A-c_3}{4 \alpha}

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-3c_1+c_2+c_3}{4 \alpha}

となります。以上の式からわかるように、企業 1の最適供給量は自社の生産性が高い(限界費用が小さい)ときや他社の生産性が低い(限界費用が大きい)ときに多くなるということが分かります。

企業1の最適供給量の式を少し変形します。

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-4c_1+c_1+c_2+c_3}{4 \alpha}

単に c_1を引いて足しただけなので、値は変わっていません。

ここで、全企業の(算術)平均限界費用 \bar{c}を以下のように定義します。

 \displaystyle \bar{c} = \frac{1}{3}(c_1+c_2+c_3) 

 \bar{c}の定義式の両辺に3をかけると

  3 \bar{c} = (c_1+c_2+c_3)

この右辺は先ほどの企業1の最適供給量の中にありましたね。

この式をそのまま企業1の最適供給量の式に代入して整理します。

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-4c_1 + 3 \bar{c}}{4 \alpha}

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-\bar{c} +4(\bar{c}-c_1)}{4 \alpha}

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-\bar{c}}{4 \alpha}+\frac{1}{\alpha}(\bar{c}-c_1)

 より解釈がしやすい形になりました。

右辺1項目は同質企業クールノー競争の最適供給量に対応する部分であると考えられます。全ての企業の平均的な供給量水準を表しています。そして2項目は市場に存在する企業の平均的な限界費用と自社の限界費用偏差となっており、全体平均に比べて生産性が高い企業は供給量が多く、生産性が低い企業は供給量が少なくなることを表しています。

右辺1項目が同質財クールノー競争の最適供給量に対応しているなら、企業数 nに対して以下のような形になるのではないかと予想することができます。 

 【再掲】n社同質企業クールノー競争の最適供給量

 \displaystyle y^* = \frac{A - c}{(n+1)\alpha} より

 

 \displaystyle y_1^* = \frac{A-\bar{c}}{(n+1) \alpha}+\frac{1}{\alpha}(\bar{c}-c_1)

 

実際に4社、5社ケースの異質企業クールノー競争の最適供給量を求めてみればこの式は正しいことが確認できます。(筆者は100社まで確認しました。)

こうして(やや天下り的ではありますが)n社異質企業クールノー競争の最適供給量の式を導くことができました。

 

市場総供給量 Y^*

 \displaystyle \sum_{i = 1}^{n}y^*_i = Y^* = n×\frac{A-\bar{c}}{(n+1) \alpha} + \frac{1}{\alpha}\sum_{i = 1}^{n}(\bar{c}-c_i)

と書けます。右辺2項目は算術平均からの偏差の1乗和なので0になります。よって

  \displaystyle Y^* = \frac{n}{n+1}\frac{A-\bar{c}}{\alpha}

となり、同質企業クールノーと似た形になります。

異なる点は、同質企業クールノーでは全ての企業に共通の限界費用 cが入っていたところが異質企業クールノーでは市場に存在する全ての企業の限界費用の算術平均に変わっています。

同質企業クールノー競争の世界の全ての企業の限界費用の平均は結局 cなので、この式は同質企業クールノー競争でも成り立っていると解釈することができます。

 

市場価格 p^*

 \displaystyle p^* = A - \alpha Y^* = A - \alpha \frac{n}{n+1}\frac{A-\bar{c}}{\alpha} 

 \displaystyle p^* = \bar{c} + \frac{1}{n+1}(A-\bar{c}) 

となります。クールノー極限定理は市場内で平均的な生産性を持つ企業においては成立することがわかります。

限界費用が平均のときのマークアップ率(限界費用と価格の乖離率) \bar{\mu}とすると

   \displaystyle \bar{\mu} = \frac{p^*-\bar{c}}{\bar{c}} = \frac{1}{n+1}\frac{A-\bar{c}}{\bar{c}}

となります。平均マークアップ率は平均限界費用の最高留保価格との乖離率を企業数+1で割ったものになっています。

 \bar{\mu} n \to \inftyの極限で0に収束することが分かります。

 \displaystyle \lim_{n\to\infty} \bar{\mu} = 0 

企業1のマークアップ率を \mu_1とすると以下のように書くことができます。

\displaystyle \mu_1 = \frac{p^*-c_1}{c_1} = \frac{\bar{c}-c_1}{c_1}+\frac{1}{n+1}\frac{A-\bar{c}}{c_1}

\displaystyle \mu_1 = \frac{\bar{c}-c_1}{c_1}+\frac{1}{n+1}\frac{A-\bar{c}}{\bar{c}}\frac{\bar{c}}{c_1} = \frac{\bar{c}-c_1}{c_1} + \bar{\mu}\frac{\bar{c}}{c_1}

以上の式から、個別企業のマークアップ率は

高くなることがわかります。

 

最後に、利潤 \piを示して終わります。

企業1の利潤は

 \pi_1 = y_1^*(p^*-c_1) 

 \displaystyle \pi_1 = \frac{1}{\alpha}\biggl((\bar{c}-c_1)+\frac{A-\bar{c}}{n+1}\biggr)^2

 限界費用が平均の場合の利潤 \bar{\pi}

 \displaystyle \bar{\pi} = \frac{Y^*}{n}(p^*-\bar{c})

 \displaystyle \bar{\pi} =\frac{1}{\alpha}\biggl(\frac{A-\bar{c}}{n+1}\biggr)^2

となります。